トラジャ族の様々なカルチャーとの出会いは私の脳裏に今も深く焼き付いています。盛大な葬送儀礼(葬式)のインパクトに、洞窟墓や風葬など独特の埋葬方式、トンコナンの特異な形状、牛や豚の扱い、イカットと呼ばれる布の鮮やかさ、独特の木工細工とタウタウ人形、踊り、キリスト教との習合の実態など、今回の私の記事中でもかなり詳しく記述をしてきました。この記事では、もう一度、このトラジャ族の文化をまとめ紹介し、「アジア日記2.タナトラジャ編」を締めくくりたいと思います。

 

トラジャ族って、どんな起源をもつ民族集団なの?
トラジャ族は「海の民」の末裔?

トラジャ族が居住するタナトラジャ一帯は急峻な山々の中にあり、海とは隔絶された場所にあります。しかし、タナトラジャの伝統家屋「トンコナン」や古い棺の形状を見ると、容易に「舟」が連想されます。トラジャ族の集落では、トンコナンが列の両側にいくつも建ち並んでおり、一見すると「緑の大海原」に漕ぎ出た古い船団とも錯覚しそうです。
こうした印象は、この地を訪れた研究者たちも同様に抱いたようで、中国南方からベトナムに至る湾岸から移ってきた人々がマレー文化を受容する過程でトラジャ族が誕生したとする説がかなり有力のようです。
 

トラジャ族は、いくつかの集団に分類が可能

一口にトラジャ族といっても、彼らが話す言語によって大きく6つの集団に分類されています。このうち、ランテパオやマカレなどタナトラジャ一帯に居住するトラジャ族は、主に「トラジャン・サダン」と呼ばれる集団です。私が出会ったトラジャ族の方々も大半がこの「トラジャン・サダン」の方々だと思われます。
 

トラジャ族の死生観

「死ぬために生きている」と言われるトラジャ族の死生観は独特のもので、「プヤ」と呼ばれる魂の安住の地(私たちのイメージでは「あの世」が近い)に至るまでの一連の流れの中で人の一生も捉えられています。つまり、肉体の死を遂げても魂はまだ肉体のそばを浮遊しており、魂が「プヤ」に旅立つまで遺体は安置されます。こうした考え方のもと、盛大な葬祭儀礼が行われ、プヤへ滞りなく到達できるようにするため、多くの水牛や豚の屠殺も行われます。
 

トラジャ族を特徴づける様々な文化
宗教:伝統宗教「アルク」とキリスト教(主にプロテスタント)との習合

もともと、トラジャ族ではアニミズムをベースとした「アルク」を伝統的に進行していました。ところが、19世紀以降、ヨーロッパ人宣教師の入植により、多くの人達はキリスト教(主にプロテスタント)に改宗していったのです。ただ、改宗したからといって土着の信仰が消えるわけではなく、大半の人々は「アルクの特徴を多く備えたキリスト教」(これを習合といいます)を信仰することになりました。私の訪問記事でも、そうした習合の実態を報告しています。
 

トンコナン

この特異な形の「家」は、トラジャ族がまさに海洋民族だった過去の記憶を受け継いだ形状で、彼らの「大洋を渡った冒険」を現在にも伝えるものとなっています。トンコナンは、家族が一堂に集まり生活をする場ですが、同時に遺体を安置する場所として、先祖と現在の人々をつなぎとめる場でもあるのです。タナトラジャの集落の多くは、トンコナンが広場の両脇に並んで建っており、非常に壮観な光景です。
 

葬祭儀礼、葬式

既に公開した記事「現地で探したトラジャの葬式 伝統衣装のおくりびとに会う」「【閲覧注意】タナトラジャの葬式 葬儀の実際の光景です」で詳しく述べています。葬祭では、何頭もの水牛や豚を屠殺するのですが、その光景は私のような部外者からしたら、まさしく阿鼻叫喚、目も耳も塞ぎたくなるような光景が続きます。しかも、あの大きな水牛をその場で解体していくのを目の当たりにし、私などは吐き気すら感じたほどです。
 

遺体の埋葬

ケテケスの記事で紹介した、数十年前のものと思われる古い遺骨は、舟型の石棺や木棺に納められていますが、風葬のため、私が見たものはかなりボロボロになり、頭蓋骨が崩れているものもありました。また、ロンダでは、洞窟内に多数の遺骨が埋葬されており、非常に独特な形態だと言えます。
 

布織物(イカット)、木工細工

サダンという集落で多くの布織物を見学、パラワでは木工細工を見学しました。トラジャでは、こうした布や木工細工に独特の意匠(デザイン)を施しており、それぞれがトラジャ族の自然観や宗教観を表すものになっています。
 
例えば、下の写真は「パテドン」(pa’tedong)と呼ばれる意匠が描かれており、これは「水牛」を表しています。

 

タウタウ人形

遺体が安置(放置?)されている場所の近くに、死者を模った人形が飾られています。これが「タウタウ」で、トラジャのレモへ行くと、崖の中腹から何体ものタウタウが眼下にいる人たちを見下ろしています。このタウタウは、死者の魂がプヤ(私たちの感覚では「あの世」)へタビタツまでの間、魂の住処として存在するものです。作られて間もないタウタウは、魂が入っているのか、あたかも本物の人のように、にこやかに微笑んでいるかの様子です。
 

トラジャ族の文化 まとめ

どの切り口から見ても、トラジャ族の文化とは「死」と密接に関係性をもったカルチャーだと言えます。今回の記事では紹介しませんでしたが、歌や踊りも、大部分は死者に捧げるためのものから発展したものだと言われています。タナトラジャへの旅行とは、私たちの抱く「死」に対する価値観を根本から見つめなおす機会を与えてくれるでしょう。
 
最近は、タナトラジャへの旅行がかなり一般的になっており、現地の観光業界でも、彼らの「死と密接に結びついた文化」を隠すことなく見せることで収益を上げている面があります。こうした現状に批判があるかもしれませんが、私はかえって肯定的に捉えています。観光客の目が入ることで、トラジャ族を特徴づける様々な儀礼が活性化することは、けっして悪いことではないと思うからです。


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