【炎上】クラウドファンディングでお金を集めてフィリピンのスラム街へ行こうとした大学生

つい最近のこと、近畿大学の学生たちがクラウドファンディング「CAMPFIRE」で募金を集め、フィリピンのスラム街を旅する企画を打ち立てたところ、ネット上で批判が相次いだため企画自体が中止となってしまったことがありました。この”炎上事件”、ツイッターなどでも大きな話題となったためご存知の方も多いと思いますが、大学生たちの旅行「企画」なるものがどのようなものかを簡単に見てみましょう。

  • 旅行の目的は「単調な日々を過ごすスラム街の子供たちに夢を与えたい」。
  • ただ、それはおそらく大義名分であり、本当の目的を学生の発言から探ると「スラム街の暮らしを肌で感じたい」「スラム街がどんなところか見たい」から。
  • 旅行費用については、クラウドファンディングCAMPFIREで募金25万円を集める予定。
  • 募金の見返りは「写真をポストカードにしてお届け」「Facebookグループに招待」など。

これだけを見ても、この学生たちの企画がいかに浅はかなものかお判りになると思います。ネット上では批判の嵐が巻き起こり、結局この企画は中止となってしまいました。
 
では、こうした学生たちの行動にどのような批判が出たのか、その傾向を見ていきましょう。

  • 彼らの単なる娯楽(旅行)に対して、人から援助を募る点:旅行なら自分たちのお金で行け!
  • 物見遊山で危険なスラム街へ行こうとする行為:あまりにも危険、舐めすぎ!
  • 貧困に対する意識の低さ:あまりに安易で偽善的!
  • 就活のネタ作りではという疑り。

企画の甘さに対する批判もさることながら、これだけ炎上したのは、やはり「人のお金で旅行=遊び」に出ようとした点。確かに腹が立ちますが、こうした傾向が若者の間で蔓延していることは、ツイッターをやり始めてから私も気づいており、次の記事『ヒトからお金を集めてタダで旅行をする…私には無理です』で私の個人的な意見を記しましたので、興味のある方はご覧ください。
 
この記事では、クラファンでお金を集める「品性のない」行為を批判することは脇に置き、ダークツーリズムに内包する危うさや胡散臭さから論じてみたいと思います。
 

ダークツーリズムとは何か?

「ダークツーリズム」という言葉をどこかで聞いたことがある方は多いのではないでしょうか?しかし、それってどういう意味・・・・・・wikipediaの引用です。

ダークツーリズムとは、災害被災跡地、戦争跡地など、人類の死や悲しみを対象にした観光のこと。ブラックツーリズムまたは悲しみのツーリズムとも呼ばれている。

この定義からは、アウシュビッツ収容所や原爆ドーム、カンボジアのキリングフィールド、グランドゼロ(911テロ現場)、311の震災被害にあった現場などを観光する行為が思い浮かびます。チェルノブイリ原発や福島第一原発の訪問記を記した津田大介氏や、TV番組「クレイジージャーニー」で積極的に貧困・紛争・犯罪の現場に立ち入る丸山ゴンザレス氏も、このダークツーリズムの第一人者と言えるでしょう。
 

ダークツーリズムの欠点

ダークツーリズムをポジティブに見るならば、悲しみの現場を目撃・追体験することで反省の気持ちが生じ、今後の行動や生活に活かせる点でしょう。だからこそ、例えば修学旅行でそうした現場に行くことが多いのです。
 
しかし、ダークツーリズムには多くの問題点が内包されている点は見過ごすことができません。なぜ、私たちは観光でそうした現場に行くのでしょうか?ポーランドを旅行してアウシュビッツを訪問するのは、有名な観光地だからでは・・・つまり、単なる好奇心を満たすために行くのではないでしょうか。カンボジアのキリングフィールド訪問後でも、ポルポトの虐殺行為について理解している若者旅行者は少ないという話しを聞いたことがあります。
 
また、わざわざホラー映画を見たり、お化け屋敷に行ったりする心理も、ダークな観光地に行く心理と相通ずるものがあるでしょう。率直に言えば「怖いもの見たさ」ですよね。
 
こうした好奇心の中には、弱者や被害者に寄り添う気持ちは微塵も見られないし、仮にそうした言葉を発したとしても、なんとも嘘くさく偽善的にすら感じられます。
 

旅をする目的は好奇心を満たすため。怖いもの見たさが目的の本質だとしても否定できない

ダークツーリズムについて批判的なことを書きましたが、実は、私も好奇心を満たす目的だけで、こうした場所をたびたび訪れています。危険な場所、何かいわくめいた場所、おぞましかったりグロテスクなものが見られる場所・・・これって、旅人が引きつけられる絶好の場所ですよね。
 
私の場合、自分の知らない、まだ見たことがないものに触れたいという好奇心に突き動かされるがゆえ、異国を旅してみたい衝動に駆られるのです。そこに、とってつけたような偽善的な理由は必要ないのです。
 
今回の近畿大学の学生も、「スラム街の暮らしを肌で感じたい」「スラム街がどんなところか見たい」という好奇心を前面に出せば、これほどのバッシングを受けなかっただろうと思います。ただ、その場合の旅とは、レジャー=遊びの延長ですので、自分たちで稼いだお金で行ってください。


<スポンサーリンク>