房総半島の最南端に位置する野島崎、太平洋の荒波が打ち付ける岩礁の奥に建つ灯台(野島崎灯台)はそれとは対照的に優美な姿を見せる。しかし夜になると景色は一変、ホテル窓辺から見える灯台の姿は昼とは異なり怪しい白のシルエットを映しだすと共に淫靡な青い光線を発射している。しかもスマホのカメラでは、淫靡な光線がなぜか写らない!う~ん、この房総の地では恐らく数多の漁師さんと海女さんたちが、人知れず淫靡な浮名を流した名残なのかなと、しょーもない連想が浮かんできます。


 
 熱海を旅してから頭の中身が変になった私、ひょっとしたら野島崎灯台もウホホ~イスポットかもしれないと妙な勘が働いてしまった。これはさぁ野島崎を探索してみるしかないでしょう!
 

 灯台の足下に置かれた熟女像(当然、裸婦です)に密かに興奮する私


 朝目覚めると窓辺には朝焼けの太平洋が眼前に広がり、夫婦ともども感嘆の声をあげる。やっぱり海ってイイよねと平々凡々な会話を交わしながらも、熱海で人生観が一変したオヤジは、このオレンジ色さえも淫靡な色に見えてくる。うん野島崎を探検しようと意気込むも、ホテルから野島崎灯台までは歩いて5分ほどしか離れていない。まぁ徒歩5分でさえも気合を入れなければ動きたくないのは、ひとえに私が怠惰だからです。
 

 朝っぱらから野島崎と呼ばれる岬全体を散策するが、太平洋を望む海辺の景観は当然にスバラシイ。そして岬の先端まで歩くと、なぜかうら若きカップルが岩の上に座っているではないですか。他には誰もいない場所で人知れずカップルが(秘め事?)……ってさすがは淫靡スポット?ただねぇ、カップルは私の姿に気づくと岩場から離れていきました。別にドケと発言したわけでも邪魔だオーラを送った訳でもないのにね(場所を空けてくれてアリガトウ!)。

 岩場に一人登りビックリ、ここは日の出と日の入りが同じ場所から見られる貴重なスポットだったのですね。まさか日の出からカップルはこの場所にいたのでしょうか?彼らの恋愛力は晩秋の海岸に吹きすさぶ寒風など物ともしないのでしょう。
 
 景勝スポットを離れ再び一人歩き出す孤独なオヤジ(妻は面倒くさがり再び就寝中)ですが、この時点で実は一体すばらしい彫像を見つけていた。

 どうですか、この彫像。艶めかしく妙に現実味のある姿は熟女そのもの!お世辞にもスタイルが良いとは言えない姿に親近感が湧きました。広場に置かれた裸婦像というモチーフはとくに目新しいことはナイが、一般的には若き美しい女性がモデルになるんじゃないの?腹が何段かに弛み腰もキュッと絞られていない熟女がモデルって珍しいと思う。
 

 などと考えていたら、少し離れた場所にも同様の裸婦像が置かれていた。まぁポーズは違いますが、おそらくは同じモデルさんを模ったものでしょう。先も申しましたが、この弛んだ姿に妙な艶めかしさを感じた私、熟女に興奮する姿を妻に見られなくて一安心。
 

 毅然と起立した立派な灯台のお姿に再度興奮

 裸婦像から灯台まではほんの少しの距離。再び5分も歩くと・・・
 

 きた~!足元から見る灯台の起立した姿は、まさに〇〇のメタファ!これほど立派な姿は、先ほど見た熟女の亭主…ではなく、若き青年そのものに映る。
 

 ちなみに、この野島崎灯台は内部の見学も可能で、長い螺旋階段を上った先には美しい光景が広がります。
 

 野島弁財天(厳島神社)で見た雄々しい男根の姿

 野島崎灯台の正面には神社が建ち、帰り際にそちらを参拝することにします。すると・・・
 

 きましたよ~男根崇拝!しかも隣にはシャコガイが安置されている。これはもうメタファというものではなく、まさに男根&女陰の直喩に他なりません!もうねぇ放送禁止用語の連発ですが、それ以外に表現しようがないでしょう。
 
 ここでハッと目が覚める私、熱海での変態チックな呪縛から解けた瞬間でした。男根&女陰は元来、多産豊穣のシンボルとして崇められ、性そのものもモット大らかで開けっぴろげに表現されたものだったはず。それがいつしか秘め事となり、裸そのものを晒すことがタブーとなってしまった。本来、裸や男根&女陰の姿と性行為は別物であり、裸と性犯罪の間に直接的な因果関係はなかったはず。しかし明治以降の西洋的価値観の浸透により、裸自体が性行為のメタファに転化し眼前に晒されることがなくなった。その結果としての現代社会は、裸そのものが性産業の一環に取り込まれ、性に対する認識は生物学的な意味での聖なる生殖行為とは離れオゾマシクもイビツな形となり・・・。まぁ連想は膨らむばかりです。


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