膨大な牛や豚が生贄として捧げられるタナトラジャで行われるトラジャ族の葬式、その凄惨さに衝撃を受けました。書籍やサイトで事前に情報をチェックもしていましたが、実際にその場に立ち会うと、凄惨な命のやり取りに言葉を失います。このページでは、生贄を奉納する前までの様子を紹介しますが、その前に葬式情報を現地で得る方法についてお伝えします。

 

トラジャ族の葬儀情報はどうやって得るの?

ランテパオに到着した翌日の朝、ゲストハウスのおいしい朝食を食べていると、前日に長時間バスに揺られていた疲れも取れた気になりました。初めてきた土地で情報を集めるためには、まず地元のツーリストインフォメーションに行ってみるのが先決です。

ランテパオのツーリストインフォメーション、ほとんど情報が得られません

ツーリストインフォメーション(案内所)は、私が滞在していたゲストハウス「Wisma Maria Ⅰ」から歩いて10分以内と、さほど遠くはない場所にありました。案内所に入ると、初老のおばさんが応対をしてくれましたが、第一印象から愛想が悪い。そして、こちらが尋ねることにほとんど答えてくれず、置いてあるパンフレットや貼り紙を確認しろと言うだけ。うん、おばさんに尋ねる意味がないです。例えば、「〇△◇までのバスでの行き方」を聞いても、「バス会社で聞け」と言われる始末。
 
また、試しに「今日、トラジャ族の葬儀が見られるの」と尋ねたところ、「そんなのは知らない。(葬儀を行う家族の)親戚でも見つけろ」と言われてしまいました。まぁ、何年か前のことだから、今はすばらしい応対になっていることを願っています。

ただ、この案内所の向かいにはプロテスタント教会があり、まだ新しいですがトンコナンハウスも建てられていました。おそらく、ランテパオ市街地にあるトンコナンハウスでは、規模が一番大きいのでは。
 
「はぁ、今日はランテパオでゆっくりするか」なんて考えていたら、この案内所でのやり取りを見ていたベチャのドライバーが、「葬儀のことに詳しいガイドがいる」と言うではないですか。ちなみに「ベチャ」とは、三輪自転車や三輪バイクの後ろに荷台兼客席をとりつけた交通で、タイではトゥクトゥク、インドではリキシャ/オートリキシャと言われているものです。
 
そんな都合の良い話、普段は信じませんが、彼が言うには「ミスリアナ ホテル(Misiliana Hotel)にいるガイドが葬儀情報をよく知っていて、団体用のツアーの手配もしている」とのこと。具体的な話しで信憑性があるものと思い、彼と一緒にミスリアナホテルに向かう。案内所からミスリアナホテルまでのベチャ料金はIDR3000、日本円で25円くらいです。バリ島など、このベチャやオジェ(バイクタクシーのこと。オートバイの後部座席に乗る)でぼったくられたという話しが多いですが、1kmくらいの短距離ならIDR3000から高くてもIDR5000が相場だということを覚えておいてください。

ミスリアナホテルは市街地から南に2~3kmくらい離れた場所にある高級ホテルでした。上の写真からも判るとおり、トンコナンハウスが客室なのか、何軒も立ち並んでいます。ここでは、葬儀をよく知るガイドとは会えませんでした・・・というのも、この日は葬儀があり、フランス人のグループに同行しているとのこと。ホテルのフロントの方は携帯でガイドに連絡をとってくれ、葬儀が行われる場所と行き方を聞きだしてくれました。感謝!
ちなみにベチャのドライバーは英語をあまり理解しません。ただ、「クレメーション(葬儀)」など、観光客がよく使いそうな言葉は多少判るようです。おおむね、ホテルのフロントの方が通訳をしてくれました。

葬祭儀礼などの情報を現地で知る方法 まとめ

結局、ツーリストインフォメーションの職員は当てにならず、現地でガイドなどを行っている人の方が情報を持っています。今回は、ミスリアナホテルに常駐しているガイドが情報を持っていることが判ったのですが、このガイドが今も同じ場所にいるかどうかは判りません。別の日は、バイクタクシー(オジェ)の若いドライバーが葬儀の情報を教えてくれたことがありました。要は、ベチャやオジェのドライバーが情報を持っていることがあるし、たとえ彼らが知らなくても、情報通のガイド達とのコネクションを持っていることが多いようです。現地では、ツーリストインフォメーションや高級ホテルなどで待機している=外人観光客を引っ張りたいドライバーやガイドに話しかけてみましょう。実際にガイドをしてもらうわけでなければ、料金は発生しません。
 

葬儀が行われる集落へ出発!

葬儀が行われる集落は「タッパラン」といい、まずホテルからマカレという街までベモ(ワゴン車を使った近郊バス)で移動し、そこで乗り換え、ベモかバイクタクシー(オジェ)で行けとのこと。ベモはすぐにつかまりました。マカレまでの料金はIDR5000。

まずは、マカレの街に到着

マカレは、昨日マカッサルからバスで来た際に大方の乗客が降りた、タナトラジャ行政の中心地です。と言っても、ただの田舎町となんら変わりがありません。ツーリストにとっては、ランテパオの方が、よほど大きな街に見えます。20分くらい集落をうろつきました。写真は、まずベモが集まるベモステーションの光景。マカレの街の中央には池があり、まぁいわゆる「死んだ水」の池なのでしょう。魚は釣れそうです。マカレで英語は全く通じません。とりあえず、あちこちから声がかかりますが、ただ「ハロハロ」と言って通り過ぎる子供が大半です。
 
言葉が通じないと、一瞬、途方に暮れてしまいます。ホテルフロントの方にメモを書いてもらいましたが、周囲の人たちにそれを見せても判らないといったしぐさばかり。ただ、そんな時でも周囲の方たちは意外に気にかけているものです。どこからか、「May I Help You?」という掛け声がかかりました。誰かが連れてきてくれたのでしょう。帰省していた大学生の女の子が立っていました。

彼女は「タッパラン」へ向かうベモを探し、途中まで一緒に乗車してくれました。降りる際にはベモの運転手に降ろす場所を指示してくれたり、子供に声をかけてくれる。感謝 感謝!
 

タッパランに到着。葬儀会場まではけっこう歩きました

橋を渡った川べりで、ベモから降ろされる。一緒に降りた子供たちが先の道を教えてくれました。

山間の田畑を見ながら葬儀会場に向かいます。途中で古いトンコナンが残る集落を通過。
 

(余談)トンコナンハウスについて

トンコナンハウスは、タナトラジャに住むトラジャ族のもつ伝統的な家屋です。写真を見れば一目瞭然だと思いますが、トンコナンハウスという伝統家屋は屋根をはじめ舟の形を模しています。こうした家屋には、玄関に水牛の角が飾られており、その個数で家の格が決まるようです。家の作りは高床式で、壁は籐(とう)などで編まれ、釘は1本も使われていないとのこと。ちなみに、トラジャ滞在中に数々の集落を巡りますが、それはそれは巨大なトンコナンハウスを目の当たりにすることになります。
 
しかし、なぜ、この山間の地で家屋が舟の形をしているのか、非常に不思議ですよね。一説では、トラジャ族が古来、海洋民族だった名残として舟型の家屋を残しているとのこと。あるいは、神の降臨伝説(神が舟に乗ってやってきた)だとか、ノアの箱舟のような世紀末伝説(大災害の中から、舟に乗れた動植物だけが救われるといった伝説)の一環として舟形かもしれません。いずれにせよ、明確な回答は出せないと思いますが、この家屋の形だけを見ても興味が惹かれますね。
 
トンコナンハウスは家屋として住むにはかなり不便で、多くの人は別に住居を持っているようです。しかし、昨今でもトンコナンの数は増えているとのこと。それは、なぜかというと、トンコナンを所有すること自体が、その人の財力を示すシンボルになっているようです。トンコナンハウスといった伝統的なカルチャーが、社会の近代化に伴って、かえって興隆を誇るということ、これは社会人類学のテーマとしてもホットな話題ですよね。話がどんどん脱線しそうなので、こうした文化や社会に関する話題は別の記事で書きたいと思います。
 

いよいよ、葬祭会場に到着です

山間の田畑から、最後は山道の草むらをかき分けると、女性たちの歌声が響いてきました。先に見えるトンコナンの周囲が、どうやら葬祭会場のようです。
 

葬祭が行われる集落にいよいよ到着しました。
 

初老のご婦人たちが合唱をしています。どうも讃美歌のような調べで、キリスト教式の葬送歌なのかなと思いました。右(二枚目)の写真で、横に座って見ている男性はシャーマン(祈祷師)のようです。
 

若い女性が、グループに招き入れてくれました。若い女性2人は英語が上手で、いろいろ説明をしてくれました。こういう方がいると本当に旅が助かります。
 

伝統装飾に身を包んだ女性や子供たちは、葬列を行うときの先導役をします。伝統衣装に身を包んだおくりびとの姿に、大変感銘を受けました、と同時に、彼女たちの明るく屈託のない笑顔に、ここで本当に葬祭が行われるのかという一抹の疑問が頭に浮かぶのでした。
 
この記事、長くなりそうなので今回はここまで。次回記事では葬祭儀礼を紹介しますので、そちらもよろしければご覧ください。


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