タナトラジャを代表する洞窟墳墓があるレモ。ここで飾られたタウタウ人形(生前の故人をかたどった人形)の数のスケールに圧倒される私、もう死の世界を覗き見るような旅に疲れを感じてきました。
 
8月2日、トラジャ4日目の朝ですが、とにかく濃密な時間を過ごしています。行くところ見るところ、日本にいればほとんど感じることがない、あの世の世界が間近に迫ってくるようです。ただ、朝食タイムは別、他に宿泊客が少ないこともあり、落ち着きのある静寂な時間が流れています。うん、この宿「Wisma Maria Ⅰ」のジャムとジュースがとにかく秀逸、おそらくゲストハウス敷地内で栽培しているラズベリーを精製しているのでしょうか?フレッシュな酸味の中にコクが・・・(食レポは苦手なので、これ以上は記しません)。

ちなみに、前日、犬に追いかけられカメラが壊れてしまいましたが、レンズが破壊される前と破壊後の写真を並べました。違いが一目瞭然でしょうか。
 
さて、朝食を食べながらガイドブックのコピーを読むと、「レモ」という場所に目がとまる。このレモは、巨大な洞窟墳墓が有名で、おびただしい数のタウタウ人形が陳列され、とにかく不気味な光景を作り上げているようです。私が滞在するランテパオからの行き方は、メインストリートでマカレ方面に向かうベモに乗り込み20分くらい、ベモ料金は当時でIDR3000(約25円)でした。
 

レモに到着 さっそく犬のお出迎えに凍り付きました
レモ村に至る田園風景と、村の表示板です

バスを降りると1本の小道が脇に続いていました。ベモの運転手に聞くと、そこをまっすぐに行けとのこと。なんとなく気分良く歩き出そうとしたら・・・大型の犬が近づいてきました。昨日のこともあり、また吠えられるのではないかと恐怖を感じましたが・・・1回こちらを見て、横を過ぎ去っていきました。フ~、この時に感じた緊張はサラリーマン時代にもあまり経験がないものです。
田園風景の中をしばらく歩くと、やや色あせたコンクリートの柱にかたどられた「LEMO」の表示、集落の入口に到着したようです。
 

レモのトンコナン、洞窟墳墓へはまだ歩くようです

タナトラジャの伝統家屋トンコナンはかなり古いもののようで、あまり手入れはなされていない様子。

やや遠くに巨大な石の崖が見えてきました。まだ、少し歩くと・・・洞窟墳墓の全容が明らかになってくる。
 

レモの洞窟墳墓の光景(写真があまり良くないですが・・・)

多種多様なタウタウ(故人をかたどった人形)が陳列されています。やや古いものが多いようですね。石の崖から集団の霊的なものに覗かれているようで、かなり不気味な印象を受ける。とにかく、おびただしい数の人形・・・この墳墓だけで、どれだけのタウタウが飾られているか、誰か根気がある方は数えてみてください。
 

墳墓の脇の石段、ここを上がっていくことはできませんでした

崖の脇には石段がありました。ここを上って行くとタウタウ人形たちを間近に見に行くことができるのでしょう。そして、風葬の墓地に至るのでしょうか。しかし、私はこの段を上ることを諦めました。タウタウに近づき、もしかしたら人形そのものに触れられる場所に近づくことが、なぜか恐くなったからです。仮にこの地で道に迷ってしまったら、誰が私のことを見つけ出せるのでしょうか、しかもここをウロツクうちに魂が抜き取られてしまうとか、そんな非合理的な発想がどうしても浮かんできます。
 
実は、私がまだ高校生だった頃、一人で山陰地方を旅行したことがあります。夜、某駅に降り立ち、その日の宿泊先ユースホステルまで歩いて向かいました。駅から道なりに歩き15分ほど、行きついた先は墓場でした・・・。それまで墓地を歩いているといった意識は到底なかったのに、なぜか墓場の真ん中で自分が立ちつくしている。驚いて来た道を戻り、近くにあった民家に助けを求めましたが、誰もいない。困った中、再び駅までの道を歩いたつもりが・・・結局、また墓場の中に自分がいたのです。恐ろしさのあまり発狂しそうには・・・なりませんでした。とにかく冷静であれと自分に言い聞かせ周囲を見渡すと、どうも寺の本堂の光が見える。助かりましたよ!寺の住職に事の顛末を話すと、住職は「それ、ここではよくあることです。あなたでもう10人くらいですかね」と言い、ユースホステルまで送ってくれました。
 
そう、このレモの階段は、私がすっかり記憶から抹消していたあの山陰の道を想起させます。やはり、ここは進んでは行けない道だと感じ、この場所を引き返すことにしました。ただ、今になってみたら、あの石段をなぜ上らなかったのだろうと多少残念には思います。
 

葬祭情報を、突然教えてもらえる

石段を上るかどうか躊躇っていたとき、西洋人を連れたガイドに声をかけられました。「これからどこへ行くのだ」と聞かれたところ、「レモの周辺を歩いた後、ランテパオに戻る」と答えました。すると、「ランテパオの近くの村で葬式がある」と突然の情報が。3日前に葬式は見学し、もう十分かなと思っていましたが、いざそうした情報を聞くと、また見てみたい気持ちになるのは、まっ自然な感情ですかね。具体的にどの集落で行われるのかまでは知らなかったようなので、さっそくランテパオに戻り、観光案内所にたむろするガイド達から情報を集めました。どうも「マルアン」という集落で葬儀がなされ、ランテパオからはバイクで行くと良いとのこと。バイクタクシーはすぐに見つかり、片道IDR10000(約85円)で行ってもらう。
 

マルアンの葬祭

マルアンの葬祭は、3日前に訪問したタッパランの葬祭よりもさらに大規模なものでした。ただ、私が訪れたのは午後遅い時間だったので、牛に刃を向ける光景はすでになく、それの解体作業に移っていた。この数日、死の情景に身を浸すことに疲れ切ってしまった私。処分された多くの牛、そのおびただしい血とむせ返る死臭に我慢できなくなり、すぐにその場を立ち去りました。


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